事務所の引っ越し

旧経理センターであった7丁目の倉庫に詰め込んでいた荷物を

立石ビルや東京工場へ移動させた。

 

立石ビルからテナントが退出したため、

1F2Fの多くのスペースに空きができた。

 

荷物の移動することは、悪いことではない。

しかし、ほぼ使う予定のないものまで、

廃棄することなく保管している。

 

荷物の保管・移動に伴うコストを考えれば、一度廃棄して、その後必要に応じて購入した方が明らかに効率的であると思う。

 

社長の頭の中では、

MAP体系化を図り、新しい設備を通して、話し合いの場を設けたいのだろう。

荷物が多ければ多いほど、どこに何があるのかを管理しにくくなる。

 

猛暑の中で、濡れたタオルを冷凍室で冷やして、一人一本ずつ差し入れをしてくれたことが、大変に有り難かった。

 

終わってしまえば、のど元過ぎれば熱さを忘れる。

移動している最中であるから、1個1個の什器に対して向かい合うことが出来る。

ただ単に荷物運びというレベルで終わってはいけない。

 

自分自身の事務所の整理もしっかりやる必要がある。

 

久松氏は、来週から御徒町の店舗へ異動することになった。

目が悪いらしい。

それで細かい仕事には向かない。開発・デザインの仕事をしたくて入社してのだろうが、店舗での接客などに従事してゆくことになった。

ある面、開発という領域で、久松氏は甘え過ぎていたのである。

ルーチンワークのない中で、細かい雑用だけを頼まれている。

納期に追われることもほぼなく、非常にぬるま湯につかった会社生活を送っている。

身のほどをわきまえていない点が、応援する気になれない理由の一つとも言える。

 

24歳くらいで見える社会など、その程度のものなのかもしれない。

光源氏が晩年に迎えた3の宮が、幼くみえたことは、もっともである。

まだ幼いといえば、まだ幼い。

自分のコミュニケーション能力の不足でもあるが、あまり交流をしようという気にはなれなかった。